毎年、各地で被害をもたらす台風。その自然の脅威を人間が制御することができたら――。そんな大きな目標に向かって研究に取り組んでいるのが、横浜国立大学教育学部・台風科学技術研究センターの筆保(ふでやす)弘徳教授です。大学時代に訪れたチベットで気象研究の道を志したという筆保教授に、研究者としての使命や大学選びのアドバイスを聞きました。(写真提供=横浜国立大学)
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気象学を専門とする筆保教授は、気象学の研究者として台風の制御というテーマで研究を行っています。現在、雲の種をまいて雨を降らせる人工降雨や、人工降雪の研究は進んでいますが、エネルギーの大きい台風を人間が制御するのは難しいと言います。
「2050年までになんとか制御したいと思っています。地球温暖化の影響で、昔と比べて勢力が強いまま上陸する台風が増え、堤防で川の氾濫を抑えることができなくなってきています。台風を制御し、今の堤防などで守れる程度まで台風の勢力を落とそうという作戦です」
台風による死者をゼロにするのが目標で、コンピューターでさまざまなシミュレーションを行い、コストを抑えつつ効率よく制御できる方法を検討しています。
筆保教授が気象学者になったのは、偶然だったそうです。家から近かったからという理由で岡山大学に進学し、理学部地学科(現在の地球科学科)で気象学の授業に興味を持ったのがきっかけでした。とはいっても、卒業後は一般企業に就職するつもりで、いくつか内定ももらっていました。
そんな折、気象学の教授から「チベットで大きな観測プロジェクトが始まるから連れていってやる」と言われ、「行きます」と即答したのが人生の転機となりました。しかも、このときに誘われたのは、「たまたまそこにいた」という理由から。進路を大学院進学に急遽(きゅうきょ)変更し、1998年にプロジェクトに参加しました。参加した観測グループには名だたる学者が何人も名を連ねるなか、学生は筆保教授だけでした。
「チベットの大きな空と大自然もすごかったのですが、小さな体で大自然を相手に何かつかんでやろうとしている気象学者の姿に憧れました。私も研究者になろうと決めました」
台風被害を見て、敗北感に襲われる
帰国後、大学院で気象観測を開始。岡山各地で測器を持ってはさまざまな気象観測に挑戦しましたが、そのうちの一つは「広戸風」という岡山県北部に吹く局所風。この広戸風の観測は何度も挑戦しては失敗しましたが、偶然にも、大変珍しい、台風に伴う気圧の急低下現象「プレッシャーディップ」のデータを取ることに成功しました。プレッシャーディップは、当時はメカニズムが解明されていない現象でした。京都大学大学院の博士課程でこの現象を明らかにし、以来、台風の研究を続けています。
「台風制御」という大きなテーマに踏み出したのは、2019年の令和元年房総半島台風がきっかけでした。
「これまで、台風のメカニズムを解明して、実際に来た台風の仕組みがその通りだと、『研究がうまくいっているな』と喜ばしく思ってきました。しかし、実際に房総半島で被害に遭われた方たちを見て、大きな敗北感に襲われました」
大学院生だった20年前、台風の被害調査をしたときに出会った被災者たちの姿と、房総半島で見た人々の姿が重なり、「何も変わっていない」と感じたのです。
「自分の研究はうまくいっていると思っていましたが、世の中には全然届いていませんでした。それで、今まで手をつけてこなかった台風制御の研究に大きく舵(かじ)を切ったのです。自分にはまだ研究期間が残されていますが、この時間を使って台風制御というテーマを追究する。台風研究をしてきた者の使命だと考えています」
大きな使命を背負い研究に励む筆保教授ですが、研究と並行して小・中学校の教員を志す学生に気象学と地学を教えています。
「近年、子どもの理科離れが起きています。理科の面白さをしっかり伝えられる先生を育てて、子どもに理科を好きになってもらいたいと考えています」
研究室の卒業生は教員のほか、地方放送局のお天気キャスターになる人も少なくありません。学生には気象予報士の国家資格の取得を奨励しています。「お天気キャスターにならなくても、初対面の人と話すとき、天気の話題は会話の潤滑油になります。実は好感度もアップする、人生に役立つ資格なんですよ」とうれしそうに話します。
親はわが子の自己肯定感を高めるサポートを
大学の研究室を通して多くの学生と関わってきた筆保教授に、大学の選び方について聞いてみました。
「みんな偏差値が少しでも高い大学に行こうとしますが、学校の名前より、どういう先生と出会えるか、どういう勉強ができるかのほうが大事だと思います。今は価値観が多様化していますから、みんなが行かないところ、ちょっと特殊な分野に手を出してみるのも面白いと思いますよ」
筆保教授自身にも高校生の子どもがいます。保護者がわが子に対してできることを尋ねると、「子ども自身が明るくいられるようにすること」という回答でした。
「私は失敗しても割と平気なタイプです。台風の研究も広戸風観測の失敗から始まっています。失敗は何かの成功につながってくると思えば、そんなにつらくありません。大事なのは失敗をしても暗くならないことと、チャレンジをやめないこと。今思うと、こうして明るくやってこられたのは、親が自己肯定感を高めてくれたからだと思います」
何事も前向きに挑む姿勢が人との縁をつくり、成功を呼び込む要素なのだと力説する筆保教授。大学受験でも、「わが子が前向きにいられるようにサポートする」ことこそ、親の最大の役目と言えるでしょう。
筆保弘徳(ふでやす・ひろのり)/1975年岩手県生まれ、岡山県育ち。岡山朝日高校、岡山大学理学部地学科卒。同大大学院理学研究科地学専攻修士課程、京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。防災科学技術研究所、海洋研究開発機構、ハワイ大学などを経て、2010年に横浜国立大学准教授、20年に教授。21年に台風科学技術研究センターのセンター長。気象予報士、防災士。
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